| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
【財務副大臣】活動報告ブログへ
【ブログピックアップ】 2012年05月16日 沖縄復帰40周年の記念式典に出席 15日沖縄県宜野湾市の沖縄コンベンションセンターで開かれた、沖縄復帰40年の記念式典に政府の一員として出席しました。野田佳彦首相や仲井真弘多知事ら主催者のほか、衆参両院議長、ルース米国大使など約1000人が出席しました。式辞で野田首相は「『鎮魂と平和への決意』と沖縄県民への思い、沖縄の未来に思いをはせる日だ」と述べました。また、「米軍普天間基地の固定化は絶対にあってはならない。沖縄の基地負担の早期軽減を目に見える形で進める」と述べました。 仲井真知事は「沖縄県は40年前に比べると大いに発展し、県民は郷土に強い誇りと自信を持つまでになった。しかし、日米地位協定の抜本的な見直しや、普天間基地の県外移設と早期返還を県民は強く希望する」と述べました。 圧巻は、沖縄初の国会議員で、沖縄開発庁長官を務めた上原康助氏で、沖縄の差別と苦難の歴史を語り、復帰後の40年は沖縄県民が望むような形で生活や経済、基地負担などは改善していないと率直に指摘し、普天間基地の県外移設を強く求めました。 ルース米国大使は、日米同盟にとって最も重要な沖縄復帰の意義を述べ、今後も沖縄県民の民意を尊重する支援を行っていきたい、と謙虚な祝辞を述べました。 大臣数人と副大臣数人、各国大使、衆参の関係議員、各党代表などは、都内から空港、那覇空港から式典会場など貸し切りバスで移動。飛行機もチャーター機。昼食は軽いチラシ寿司、夕食はサンドイッチという質素な団体旅行といった行動を共にしました。 簡素に、しかし、心をこめての沖縄の支援という気持ちで一緒でした。 【ブログピックアップ】 2012年05月15日 小渕総理、森ビル会長、草野元連合幹部の法事 14日は、小渕恵三元総理、森ビル森稔会長、草野忠義元連合事務局長の法事の一日でした。 小渕元総理は13回忌にあたり、王子の自宅を訪問すると奥様が温かく迎えて下さりました。小渕さんは、私が衆議院議員初当選直後に取り組んだ対人地雷禁止条約に外務大臣として支援し、日本政府のオタワ条約加入を実現して下さいました。また、私の長男が事故で亡くなった時には、田端の自宅まで線香をあげに駆けつけて下さいました。 小渕さんの自宅が、私の衆議院時代の事務所と近いこともあり、12年前にご逝去された時は、国会議員として私が真っ先に駆けつけました。 森ビルの森稔会長は元々は教育者としてスタートし、首都としての機能、文化、楽しさを持つ東京作りを担って下さった方です。日本はもっと規制緩和と戦略的な都市作りをしなければならないと、いつも教えて頂きました。 草野さんは、元日産自動車労組の委員長で、知性と人間としての温かみを兼ね備えた方でした。元連合会長の鷲尾悦也さんに続き、東大卒の労働指導者が相次いでこの世を去り、寂しい限りです。 【ブログピックアップ】 2012年05月12日 つくばの国家公務員宿舎明日から入居可能 今朝、つくば市の市原市長から連絡があり、私が7日の現地視察の際、竜巻による被災者の受け入れ可能と報告した国家公務員宿舎への入居の段取りが進んでいないので調べて欲しいとの要請でした。その後、つくば市を視察中の中川正春防災担当大臣からも同様の電話が入り、私は財務省の担当者に連絡をとりました。昨年の東日本大震災と同じように、国から茨城県が借り受け、そこに被災者が入居するという仕組みであり、茨城県の担当者につくば市から連絡を取っていただければ、すぐにも入居は可能とのことでした。 結局午後に、財務省、茨城県、つくば市の担当者が集まり打ち合わせを行いました。国家公務員宿舎は、昨年空いている宿舎の電気、ガスなどの修理を行い福島県などからの避難民を受け入れており、まだ空いている宿舎は明日にでも鍵をお渡しして入居が可能であることを確認したとのことです。 夕方、中川大臣、市原市長、そして茨城県の山口副知事からお礼の電話を頂ききました。被災者の皆さんが、仮設住宅とは異なり、生活インフラも整っている宿舎で落ちついて生活再建に当たって頂きたいと思います。 |
更新情報
週間予定
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||












